東京地方裁判所 平成6年(ワ)19564号 判決 1998年12月24日
原告
榎本利枝
右訴訟代理人弁護士
志村新
同
滝沢香
同
小林譲二
被告
東日本旅客鉄道株式会社
右代表者代表取締役
松田昌士
右訴訟代理人支配人
石田義雄
右訴訟代理人弁護士
橋本勇
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金八六〇万円及びこれに対する平成六年一〇月二一日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払をせよ。
第二事案の概要
一 本件は、被告の設置する病院において、カルテ整理等の業務に従事していた原告が、肩、腕などに負担のかかる過酷な業務をさせられたために頸肩腕症候群に罹患したと主張して、債務不履行(安全配慮義務違反)に基づき、損害賠償を訴求している事案である。
なお、立証は、記録中の証拠関係目録記載のとおりであるからこれを引用する。
二 争いのない事実等
1 当事者
(一) 被告は、昭和六二年四月一日、「日本国有鉄道改革法」及び「旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社に関する法律」に基づき、日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)の旅客鉄道事業等のうち東日本地域における事業を承継して設立された株式会社であり、附属機関としてJR東京総合病院(以下「被告病院」という。)を設置し経営しているものである。
(二) 原告は、昭和一五年一月九日生まれの女性であり、昭和四七年五月、国鉄に付属の中央鉄道病院常勤嘱託員として採用された後、昭和五〇年四月一日に準職員、同年一〇月一日に正職員となったものである。右病院は、被告の設立に伴い、保険医療機関の指定を受けて被告病院に改組された。
原告は、昭和四七年七月、視能訓練士(厚生大臣の免許を受けて、医師の指示のもとに、両眼視機能に障害のある者に対し、視機能回復のための矯正訓練及びこれに必要な検査を行うことを業とするもの〔視能訓練士法二条〕)の資格を取得したが、国鉄の正職員に採用されて以来平成元年三月まで、専ら、眼科の患者に対する視機能の検査及び視機能回復のための矯正訓練を行っていた。
原告は、昭和四七年に国鉄労働組合に加入した後、同労働組合の役職を歴任し、昭和六三年三月から平成三年三月までは同労働組合東京地方本部中央支部東京総合病院分会の執行委員長を務めていた。
原告は、平成元年四月一日、被告病院事務部医事課(入院病歴室〔以下「病歴室」という。〕)に配転され、その後、平成七年二月一日から、財団法人鉄道弘済会東京身体障害者福祉センターへ出向している。
2 原告の業務内容
病歴室における原告の業務内容は、概ね次の通りであった。
<1> 入院カルテの準備
診療科(全二三科)ごとのバインダーに新しいカルテ用紙をセットしてナースステーションに搬送する作業
<2> 入退院日報台帳作成
医事課から入退院日報を受理し、退院番号を付与する作業
<3> 退院カルテの回収
病棟四階から一二階の病棟ナースステーションから台車を使用しカルテを回収する作業
<4> カルテ製本
回収したカルテから不要な用紙を抜去し、検査記録を添付するなどした上、ホチキス止めにより製本する作業
<5> 退院番号・患者名等日報台帳との照合
回収カルテの記入漏れ及び誤記の点検、ICDコード(厚生省が定めた病名分類表)の付与の作業
<6> 氏名索引カード作成
一患者につき一カードを作成し、カードベアーに収納する作業
<7> カルテの複写、保管
カルテを複写し、年度末にコンピューター入力を行うまで保管する業務
<8> ファイリング
ボール紙を折って親ホルダーを作成し、番号順にカルテを入れて棚に配架する作業
<9> カルテの貸出・返却
医師等にカルテを貸し出す作業
<10> 未回収カルテの督促
未回収となっている退院患者のカルテ回収のため、各診療科の医師及び婦長に対し催促する作業
<11> 診療録委員会への出席
3 原告は、平成二年六月一九日、上司である被告病院医事課長早川紀雄(以下「早川課長」という。)に対し、原告が頸腕症候群であり、現在のカルテ整理の仕事は避けるべきであるとする小豆沢病院整形外科医師芹沢憲一(以下「芹沢医師」という。)作成の診断書(同月九日付)を提出した。
被告は、カルテ製本作業の負担軽減のため、同月二一日に病歴室に電動ホチキスを、同月二五日に電動穿孔機を配備した。
4 原告は、平成三年三月七日から同年四月一一日まで頸腕症候群を理由に病気欠勤し、平成四年三月四日、渋谷労働基準監督署長に対し、業務に起因して頸腕症候群に罹患した旨を主張して労働者災害補償保険法に基づく休業補償・療養補償給付等の請求を行い、同署長は、平成五年四月三〇日、給付の支給決定をした。(当事者間に争いのない事実、証拠〔<証拠・人証略>、原告本人尋問の結果〕及び弁論の全趣旨から認める。)
三 争点
1 原告の業務内容及び業務量
(一) 原告の主張
(1) 原告は、平成元年四月一日までは特に疾病を有しておらず、健康体であった。しかし、平成元年四月、原告は、視能訓練士の職務とは全く異なる職務である病歴室に配転された。
(2) 原告が、病歴室において従事した作業は、肩、腕、手及び腰に負担のかかる作業がほとんどであったが、その中でも、次に述べるとおり、前記二2記載の各作業のうち、<3>の退院カルテ回収、<4>のカルテ製本の作業、及び各作業に伴うカルテの移動作業は、特に上肢への負担の重い作業であった。また、他にもバインダーの開け閉めも上肢に負担のかかる作業であった。
ア カルテ回収作業
原告が病歴室に配属されたころは、各病棟からのカルテの運搬は、両腕に抱えて運ぶ方法で行っていたが、平成元年八月ころ、足に障害を持つ派遣社員が配属されてからは、台車を使用して回収するようになった。原告は、週三日(一日一回)、台車を引きながら病棟四階ないし一二階の各ナースステーションを巡回してカルテを回収していたが、その数は最低四、五十冊で、最大積載量は一〇〇キログラムにも及び、エレベーター等の段差に引っかかった時には、一人では台車を動かせなくなることもあった。
右作業は、直接に肩や腕などに負担がかかる作業である。
イ カルテ製本作業
原告及び病歴室勤務の派遣社員が製本した退院カルテの数は平成元年は約六二〇〇冊で、厚いものは分冊して製本していたから冊数はもっと多いが、ホチキス止めの箇所は一冊当たり約一四箇所あった。なお、大型ホチキスを一回打つために約三五キログラムの力が必要である。カルテの製本作業は、少なくとも一日おきに行わなければならず、原告と派遣社員の二人で作業をするようになってからは、未製本のカルテがたまり、ほぼ毎日製本作業を行っていた。
右作業は、上肢の動的筋労作の繰り返しで、上肢に大きな負担を与えるものである。
ウ カルテ等の移動作業
カルテを棚に出し入れするためには、片手でカルテを持ち、もう片方の手で出し入れするスペースを確保するためにカルテの束を押え付ける必要があるが、原告は身長約一五〇センチメートルと小柄であるため、上肢を肩よりも高く挙げたままの姿勢で作業をする必要がある。
右作業は、上肢の一定の部位が同一の筋労作を強いられ、上肢に多大な負担を与えるものである。
(3) 平成元年四月ころは、病歴室においては、原告及び派遣社員三名の合計四名で作業をしていたところ、同年七月に派遣社員三名が退職し、八月以降は原告及び新たに配置された派遣社員のみで従事する状態になった。しかも、右派遣社員は足に障害があり休みを取ることも多かったため、原告の作業量は過重になり、原告は、同年一〇月ころから、肩の痛みや腕のだるさを感じるようになった。
(4) 平成二年二月ころになると、原告は、首が回らなくなったり、左肩の痛みがひどくなったため、被告病院の整形外科を受診したが、はっきりした診断を得られず、その後さらに症状が悪化したため、同年六月には小豆沢病院整形外科を受診し、芹沢医師によって、頸腕症候群と診断され、通院加療を行うようになった。
原告は、同年六月一九日、早川課長に対し、現在のカルテ整理の仕事は避けるべきである旨記載された同月九日付診断書(芹沢医師作成)を提出し、作業の変更を求めたが、被告はこれに応じず、病歴室に電動ホチキス及び電動穿孔機を配備するにとどまった。
原告は、その後は、大型ホチキスを使用した製本作業及びカルテホルダーのボール紙折り作業には従事しなくなったものの、中型及び小型のホチキスを使用する薄いカルテの製本作業やカルテの棚への出し入れの作業などは、引き続き行わなければならなかった。
(5) 原告は、同年一〇月の被告病院の定期健康診断の際、問診票に病状を記載し、産業医に対し作業転換と職場巡視を要望したが、被告はこれらを実行しなかった。なお、そのころ、派遣社員は、現在の勤務では身体を壊してしまうとして退職した。
(6) 原告は、その後も病状が改善されなかったため、平成三年三月七日から同年四月一一日まで病気休職(欠勤)した。
(二) 被告の主張
(1) 原告が病歴室において従事した職務は、原告に多大な負担を与えるものではなかった。
ア カルテの回収作業
原告は、原則として週三回(一日一回)、カルテの回収を行っていたが、カルテの数は平均四、五十冊であり、原告の主張するように最低四、五十冊ではないし、最大積載量が一〇〇キログラムということもない。また、原告は、平成三年三月七日以降はカルテ回収作業を行っていない。
イ カルテの製本作業
大型ホチキスを用いて製本しなければならない厚いカルテ(厚さ二センチメートル以上)は、平成元年は一年間で二八七冊に過ぎず、一労働日当たり一、二冊に過ぎない。
また、平成二年六月二一日に電動ホチキスが、同月二五日に電動穿孔機が配備されて以降、原告は、人力での製本作業は行っていないし、平成三年三月七日以降は製本作業自体を行っていない。
ウ カルテの移動作業
一日当たりのカルテの医師への貸出数は五、六冊に過ぎず、平成元年八月以降は製本済みのカルテは横積みにして置かれていた。また、大量のカルテ移動作業が行われるのは二、三か月に一度であって、これらの作業が多大な負担になることはない。
なお、原告は、平成二年六月に早川課長に対し製本作業の負担を訴えた時には、カルテの移動作業が負担であるとは述べていない。
(2) 被告は、平成二年六月一九日に原告から手のしびれなどの訴えを受けて以降は、同月二二日に電動ホチキスを、同月二五日に電動穿孔機を配備し、その後は薄いカルテは電動ホチキスを使用して製本し、厚いカルテは派遣社員や早川課長が製本するなどしたため、原告は、大型ホチキスを使用した製本作業をしなくなった。
2 業務起因性
(一) 原告の主張
(1) 頸肩腕症候群
頸肩腕症候群とは、日本産業衛生学会頸肩腕症候群委員会の定義によれば、「業務による障害を対象とする。すなわち、上肢を同一肢位に保持、または反復使用する作業により神経・筋疲労を生じる結果おこる機能的あるいは器質的障害である。ただし、病像形成に精神的因子及び環境因子の関与も無視し得ない。」というものである。また、労働省の労災認定基準によれば、「上肢の動的筋労作または上肢の静的筋労作を主とする業務に相当期間継続して従事した労働者であって、その業務量が同種の他の労働者と比較して過重である場合または業務量に大きな波がある場合において、次のイ及びロに該当するような症状(いわゆる「頸肩腕症候群」)を呈し、それらが当該業務以外の原因によるものでないと認められ、かつ、当該業務の継続によりその症状が持続するか、または増悪の傾向を示すものであること。イ 後頭部、頸部、肩甲帯、上腕、前腕、手及び指のいずれかあるいは全体にわたり、「こり」、「しびれ」、「いたみ」など相当強度の病訴があること。ロ 筋硬固(ママ)、圧痛あるいは神経走行に一致した圧痛ないし放散痛が証明され、その部位と病訴との間に相関が認められること。」とされており、業務上の認定に当たっては、当該労働者の作業態様、作業従事期間及び業務量からみて、本症の発症が医学常識上業務に起因するものとして納得し得るものであることが必要であるとして、<1>作業態様としては手・指などの繰り返し作業を、<2>作業従事期間としては一般的に六か月以上を、<3>業務量としては、ⅰ同種業務に従事する同性の同程度の年齢・熟練度の労働者と比較して発症直前から三か月程度に一〇パーセント以上業務量が増加していたか、ⅱ発症直前三か月程度の一日の業務量又は一時間当たりの業務量が通常の二〇パーセント以上増加した状態が一か月に一〇日程度認められる場合としている。
(2) 原告の業務内容と症状
原告の業務内容は、前記のとおり、肩、腕、手及び腰などへの身体的負担を伴う作業が中心であり、その中でも特にカルテ製本におけるホチキス打ちは、上肢の動的筋労作の繰り返しであり、また、カルテやバインダーの移動作業は肩から上腕にかけてを常に肩の高さより上に挙げたままの姿勢で作業を行わなければならず、上肢の一定の部位が同一の筋労作を強いられ著しい負担がかかるものであった。しかも、従来は四人で行っていた右作業を平成元年八月以降はわずか二人で行うようなったため、原告に過重な負担がかかるようになった。
また、原告の症状の業務起因性は、原告の主治医である芹沢医師が、発症時期と業務従事の期間、業務への従事の有無と症状の軽重に相互関係があり、同様の業務に従事しているものに発症傾向があること、アドソンテストなどの検査の結果他の疾病ではないと認められたことを根拠に、頸肩腕症候群と診断したことからも明らかである。
(3) 変形性頸椎症の主張について
被告は、原告の症状は業務起因性のない変形性頸椎症である旨主張する。
しかし、頸肩腕症候群は血液の循環障害を中心とし、痛み、しびれ、筋肉の硬結及び圧痛を伴うものであるのに対し、変形性頸椎症は、椎間板の突出や骨棘形成により、神経が刺激されるものであるから、神経的症状が中心であるところ、原告には骨棘形成は見られず、筋の硬結や圧痛の所見がある。また、平成元年以前の頸椎症による肩凝りなどの症状は、主に右肩に出ていたものであり、通院やマッサージにより症状は軽快していたが、平成元年以降の症状は主に左肩に出ており、マッサージを受けても容易に軽減しないことなどから、連続した症状であるとはいえない。
仮に原告の病名が頸肩腕症候群でないとしても、その病気が業務に起因するものであるか否かを判断しなければならず、このことから業務起因性を否定することはできない。
(二) 被告の主張
(1) 頸肩腕症候群とは、広義では、「頸部から肩、上肢にかけての何らかの症状を示す症候群の総称」であり、その原因としてもっとも多いのは頸椎の変性変化に起因する変形性頸椎症である。狭義では、「同様の症状をしめしながらはっきりとした原因疾患を認めることができない」ものであって、特有の症状や所見が存在しない頸椎変形性脊椎症、頸椎椎間板ヘルニアなどとは別個の疾患であり、労働災害として補償の対象となる頸肩腕症候群であると診断するには他の原因疾患を否定する必要がある。
(2) しかるに、原告は、病歴室での業務につく以前の昭和五六年から同六三年にかけて、肩凝りや頸部の痛みなどを訴えて整形外科等に通院し、牽引等の治療を受け、昭和六三年には頸椎の四番・五番、五番・六番椎間孔の狭小が認められ、頸椎椎間板変性症との診断を受けている。
平成二年三月の被告病院整形外科での診断の結果によれば、頸椎の四番・五番、五番・六番椎間孔の狭小、頸部の伸展の制限が認められ、誘発試験であるスパーリングテストが陽性であった。これらに照らせば、原告の主張する諸症状は、頸肩腕症候群ではなく、変形性頸椎症である。
そもそも、原告が頸肩腕症候群の発生原因であると指摘する病歴室の業務は、前記のとおり作業の絶対量自体が多くなく、一回の作業量及び作業休止の時期や頻度も原告の裁量に委ねられている。そして、作業姿勢や作業頻度からも、原告の従事した業務は、頸肩腕症候群の原因に到底なり得ないものである。
3 安全配慮義務違反の有無
(一) 原告の主張
(1) 安全配慮義務
被告は、原告に対し、使用者として、その業務に起因して健康を害し疾病を発病しないよう、また、疾病が増悪しないように防止すべき義務を有している。すなわち、大型ホチキスの打刻などによる製本作業などによって発症しやすい疾病にかからないよう、労働条件の整備、職場環境の改善を行うなどして職業病の予防に努め、また、定期健康診断を行い疾病の早期発見に努めるとともに、申告・診断等によりこれを発見したときは、配置転換・早期治療を適切に行うなどして症状の悪化を防ぎ、その健康回復に必要な措置を講じる義務がある。
(2) 被告病院における業務の過重
ア 業務内容
他の病院では、カルテの回収作業は病歴室以外の部署の担当であり、被告病院以外では病歴室の職員が台車でカルテを回収している所はない。また、カルテの製本方法も、他の病院では自動製本機を使用したりひも綴じにするなど、職員に負担がかからない方法で行われている。しかし、被告病院においては、前記1のとおり、原告に対し負担のかかる方法でカルテの回収及び製本作業を行わせていた。
イ 人員配置
被告病院における病歴室の人員体制は、平成元年八月以降は、原告及び派遣社員の二名であったが、東京医労連の都立病院についての調査によると、兼務、派遣社員を半分の人数と計算した場合、退院患者一一二三人に一人の割合の職員が配置されているのに対し、被告病院では三〇〇三人に一人(派遣社員を一人として計算しても二二五二人に一人)であり、不十分な体制であった。
(3) 被告の具体的義務
被告は、原告が大型ホチキスの打刻等による製本作業などによって発症しやすい疾病にかからないように、カルテの製本をホチキス止めからひも綴じに変更したり、増員により一人当たりの作業量を軽減するなどの労働条件の整備、職場環境の改善措置を行うなどして職業病の予防に努め、また、定期健康診断等により疾病の早期発見に努め、申告・診断等によりこれを発見したときには、配置転換、早期治療を行うなどして症状の悪化を防ぐべき義務がある。
しかるに、被告は、右義務を怠り、作業内容に考慮を払わず漫然と原告に従前通りのホチキス止め作業を行わせたばかりか、人員を四名から二名に削減して原告の作業量を倍加させ、また、原告から業務転換の申入れがされた後も、右申入れに応じず電動ホチキスを設置し、必要な時に早川課長が手伝うなどの措置をとったのみで、原告を引き続き病歴室の業務に従事させた。
また、平成二年一〇月の定期健康診断の際に、原告は、被告に対し、作業の転換を求めるため、産業医が職場視察することを要求したが、放置された。その後、原告は、平成三年四月に病気欠勤から復帰した後、時間短縮勤務を要求したが、被告は、これを拒否した。
(4) 予見可能性
原告の勤務場所は病院であり、専門的医学知識を有する医師多数が勤務している。また、被告病院は、昭和五七年の段階で、カルテ管理のため一三〇〇人に一人の要員を配置しており、人員配置の必要性を認識していたから、被告に予見可能性はあったことは明らかである。
(5) したがって、被告の安全配慮義務違反は明らかであり、被告は、原告に対し、本件頸肩腕症候群により生じた損害を賠償すべき義務がある。
(二) 被告の主張
原告の症状は、被告病院における業務とは無関係な変形性頸椎症によるものである。また、原告の手のしびれなどの訴えに対する被告の対応は、以下に述べるとおり、適切なものである。
(1) 被告は、前記のとおり、平成二年六月一九日に原告から手のしびれなどの訴えを受けた後、直ちに、同月二二日に電動ホチキスを、同月二五日に電動穿孔機を配備し、原告も右措置に納得していた。
(2) また、平成三年四月に原告が職場に復帰してからは、原告の要望に従い、軽作業以外をしないように指示するなど、必要な措置を行った。
4 損害額
(一) 原告の主張
(1) 治療関係費 一六三万〇六二〇円
原告は、本件疾病の治療等のため、平成六年八月までに、左記の費用を支出した。
鍼灸代 二二万八〇〇円
マッサージ代 八〇万〇〇〇〇円
水泳療法 四九万七二七〇円
通院費用 三万二八二〇円
診療書代 七万二五三〇円
(2) 休業損害(平成七年一二月分まで) 二九九万七〇四八円
原告は、療養のため、休業を強いられ、その結果右金額の賃金カットをされた。
(3) 慰謝料 五〇〇万〇〇〇〇円
(4) 一部填補
労災保険からの休業補償・療養補償給付 四八万三二〇二円
被告の業務災害補償等規定に基づく支払 二〇四万五二二二円
(5) 弁護士費用 一三〇万〇〇〇〇円
(二) 被告の主張
労災保険及び被告からの填補がされていることを認め、その余はすべて争う。
第三当裁判所の判断
一 原告の症状の発症と経過
証拠(<証拠・人証略>、原告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 原告は、平成元年七月ころから、肩の痛みを感じ始めたが、同年八月から一〇月ころの定期検診では右のような状況を産業医には訴えてはいない。
その後、原告は、積み上げたカルテの中から目的のカルテを探し出した後、腕がだるくなったり、革のショルダーバッグが重く感じ、布製の手提げに変えたりし、平成二年二月ころには、左肩の痛みがひどくなり、腕の痺れもでてきたとして、同年三月二日、被告病院の整形外科を受診し、二月中旬から、左大腿部が痺れ、だるい、痛い、股関節の痛み、左上腕部が痺れ、だるい、痛い、左関節部が痛む等を訴えた(その際のレントゲン所見では、第四・第五頸椎間、第五・第六頸椎間の狭小化が認められた。また、臨床所見では、頸椎について軽度の伸展障害が認められ、椎間孔部圧迫試験〔スパーリングテスト〕が、右はマイナス、左はプラスマイナスで、軽度の頸椎症様変化を窺うことができる。)。
ところで、原告は、同年五月二二日の東京都労働委員会の第四回審問期日(第二の二1(二)の配転命令が不当労働行為に当たるとする救済命令申立事件に係るもの)において、カルテ製本、カルテ回収の作業がきつく、肩がこったり、背中が痛かったり、今も左手が全部痺れているような状況である旨の供述をしている。
そして、原告は、同年六月四日、小豆沢病院整形外科を受診して芹沢医師の診察を受け、左肩の痛み、左上腕から前腕にかけて及び手の痺れとだるさを訴え、芹沢医師作成名義の同月九日付診断書には、「頸腕症候群 右病名により現在のカルテ整理の仕事は避けるべきと考えます」との記載がある。原告は、これ以後、芹沢医師の指示により、アクアビック(水中体操)、水泳、マッサージ、鍼治療等を始めた。
一方、原告は、同年六月一九日、早川課長に、芹沢医師作成名義の右診断書を提出し、肩が痛い、手が痺れる、製本が辛いなどと述べた(このとき、棚への出入れについての言及があったか否かは、明らかではない。)。
また、原告は、同年一〇月には、定期健康診断の問診票に病状を記載し、産業医に病状を説明し、作業転換と職場巡視を要望したが、同月一五日、痛くてしようがないとして、年休を申請した。
原告は、平成三年の当初は、痺れもとれ、症状が軽快したとの認識であったが、その直後から、朝から頸が突っ張る、背中が痛い、肩がだるくて動かすのがきつい、夕方は肩腕が棒のようになり、買い物もできない、帰って寝るだけという状態が続いているなどと訴えるようになり、三月七日から四月一一日までは頸腕症候群を理由とする欠勤をし、この欠勤は「病気欠勤」として扱われることとなった。原告は、職場に復帰する際、被告病院に対し、速やかに他の軽作業の仕事に移行する措置を求め、そうでなければ、作業内容を「退院番号をカルテの表紙に記載する作業、日報整理(但し、ナンバーリングを押す作業を除く。)、証票、物品の請求、未回収カルテの請求、カルテの貸出作業」に限定すること、また、とても不可能な作業として、「力を要する作業、手指を頻繁に動かす単純反復作業」、具体的には「各病棟に台車でカルテを回収する作業、カルテのバインダーの開閉、カルテのバインダーからはずした用紙を順番に揃えるなどカルテ製本の事前作業、手動ホチキスによる製本作業、新規入院患者用の用紙セットを作る作業」を挙げた同月八日付の要望書を提出した。
その後、原告は、漸次職場に復帰し、病歴室の人員が三名体制となった同年六月には、非常に落ち着いて仕事ができるようになったと感じたとの認識であるものの、その後、再び日に日に肩こりがひどくなり、熟睡できず、冷たい水に手をつけられない、フライパンを持ったり、手首を使って返すこと等はできない、洗濯物を干すのもつらい、長時間本を読んだり書き物をしたりすることもできない等、家事、日常生活にも支障をきたす状況が続き、平成八年二月当時も、肩がこったり、腕が痺れているような状態が続いているという認識である(以下、平成元年七月以降の原告の症状を「本件症状」という。)。
2 原告は、病歴室に勤務する前にも、被告病院の整形外科等を受診しており、昭和五六年五月には、右肘の痛みを訴え、筋筋膜症候群との診断がされたが、昭和六〇年五月には腰痛症、昭和六一年一二月右肩の痛みの訴えに対し、頸部脊椎症との診断がされた。原告は、昭和六三年一〇月、頸が痛むと訴え受診したところ、頸の前側屈、伸展、回旋に制限がみられ、レントゲン所見では、第四・第五頸椎間、第五・第六頸椎間の狭小化が認められ(右所見は、昭和六一年のレントゲン写真においても認められた。)、頸椎椎間板変性症との診断を受け、整形外科からリハビリテーション科へ治療依頼がなされた。その際の診療においては、頸、肩甲骨の上辺り、左の傍脊柱筋から肩甲骨上部に痛み、筋肉の堅さ(左の方が堅い)、頸の伸展と回旋で痛みが認められている。その際のスパーリングテストとモーレイテストはともにマイナス、項頸部から肩甲上部にかけてびりびり感があり、左の頸の後ろにも痛みがあり、項頸部痛(変形性頸椎症)と診断され、牽引治療等を試みたところ、頸の痛みは減退したが、その他は一進一退で、昭和六三年一一月二一日の麻酔科の診察の際、右後頭部、左甲上部及び肩甲骨の内側に圧痛が認められた。
二 原告の業務内容及び業務量
1 病歴室の人員配置
証拠(<証拠・人証略>、原告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
病歴室における業務従事者は、昭和六二年四月から昭和六三年八月にかけては二名(派遣社員のみ)、同年九月から平成元年三月までは三名(派遣社員のみ)、同年四月に原告が加わって四名となったものの、同年六月ころから派遣社員一名が病欠となって三名、同年七月に残りの派遣社員一名が辞め、新たに派遣社員が入ったが、同年八月からは二名となった。原告と派遣社員の業務量は、業務内容によって偏りがあったものの、全体的にみると、どちらかが過重な業務負担をするというほどのものではなかった。
平成二年一月二九日から同年四月八日まで、派遣社員が一名配置されたが、増配者は足の骨折が完治していないため、カルテ回収はできなかった。同年六月一九日以降は、原告の要望等によって、他の社員等が応援に来たり、数人の派遣社員が来たりしていた。
平成三年三月には派遣社員が退職したが、同年六月には、病歴室の業務従事者は三名体制になった。
2 業務内容
原告の業務内容は、概ね争いのない事実(第二の二)の2のとおりである。
右事実に証拠(<証拠・人証略>、原告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨を併せると、次の事実を認めることができる。
第二の二2の業務のうち<2>の入退院日報台帳作成、<5>の退院番号・患者名等日報台帳との照合、<6>の氏名索引カード作成、<7>のカルテの複写、保管、<10>の未回収カルテの督促、<11>の診療録委員会への出席については、一般的な事務作業であり、従事者が殊更肉体的な負担を強いられるものではない。
また、<3>の退院カルテ回収、<4>のカルテの製本の作業や、カルテの移動作業、各作業に伴うバインダーの開閉作業の具体的状況については次のとおりである。
(一) 退院カルテの回収作業
原告が病歴室に配属された平成元年四月当時は、各病棟からのカルテの運搬は、両腕に抱えて運ぶ方法で行っていたが、足に障害を持つ派遣社員が配属されて以降の同年八月ころからは、台車を使用して回収するようになった。
カルテの回収は、原則として週三回(一日一回)、一時間ほどをかけて約一一キログラムの台車を引きながら病棟の四階から一二階のナースステーションを巡回してカルテを回収するもので、平均回収数は三、四十冊程度であった(年度末、年末年始等には、三、四日連続して回収していることもあるが、結局、週に三、四回の回収ですんでいた。)。
原告は、平成三年三月七日以降、右作業に従事していない。
(二) カルテ製本作業
被告病院における平成元年に製本された退院カルテの数は、約六一七〇冊であった(人間ドックのカルテを除くと、約四三八〇冊)。
ホチキス止めは、厚さ数ミリメートルのカルテであれば、小型ホチキスで三箇所、それ以上のものであれば、大型ホチキスで三箇所、又は、分冊して約二〇箇所を打刻し、止める必要がある。
人間ドックのカルテは、厚さ三、四ミリメートルであるので、少なくとも右カルテについては、大型ホチキスを使用する必要性はない。また、大型ホチキスで多数回の打刻を要する厚いカルテの含まれている頻度は、平成元年において概数約二九〇冊程度であった。
大型ホチキスを使用する場合、両手を使い、体重を掛けて押す必要があり、その場合にかかる力は約三五キログラムである。カルテの製本作業は、少なくとも一日おきに行わなければならず、原告と派遣社員の二人で作業をするようになってからは、未製本のカルテがたまり、ほぼ毎日製本作業を行っていた。
しかし、平成二年六月二一日に電動ホチキス、同月二五日に電動穿孔機が導入されてからは、一センチメートル未満の薄いカルテは電動ホチキスを使用し、それ以上の厚いカルテは派遣社員、早川らが製本作業に当たったため、原告は大型ホチキス作業からほぼ解放された。また、原告は、平成三年三月七日以降、カルテ製本作業自体に従事していない。
(三) カルテの移動作業
(1) カルテの貸出・返却
カルテの貸出件数は、年間約一四〇四件である。
(2) ファイリング
平成元年八月からは回収してきたカルテを製本して横積みにするだけになっており、以前のカルテを運び出して一緒にファイリングして配架するという作業はほとんど行われていない。三か月分を一年間かけて収納するといった状態であった。
(3) カルテの大移動作業
被告病院は、再入院するごとに患者に番号を付しているため、前のカルテを新しい番号のところに移動すると、カルテが棚に入り切らなくなるため、カルテを前に移動させて入れる余裕を作るため、ほとんどのカルテを移動させる必要が生じる。右カルテの大移動は、二、三か月に一度、行われていた。
平成三年二月八日の大移動は、総務課の職員が応援して行った。また、原告は、少なくとも、同年三月七日以降、右作業には従事していない。
(4) カルテを棚に出し入れするためには、片手でカルテを持ち、もう片方の手で出し入れするスペースを確保するためにカルテの束を押え付ける必要がある。カルテの棚は六段で、一番上の棚が一九〇センチメートルの高さであり、原告は身長約一五〇センチメートルと小柄であるため、高い棚での右作業は、上肢を上に伸ばした姿勢で保持し、頸を伸展する姿勢を強いられる。
(四) バインダーの開閉作業
(1) 入院カルテの準備の作業は、原則として隔日に行われるが、平成三年三月七日以降、原告はカルテのセット作業には従事していない。
(2) カルテ回収の際は、回収カルテをバインダーから取り出すが、回収したカルテの量については、前記のとおりであって、原告は、平成三年三月七日以降、カルテの回収に従事していない。
3 原告は、平成七年二月一日には、病歴室から異動しており、それ以後病歴室の業務を全く行っていない。
三 業務起因性
1 原告の本件症状について
証拠(<証拠・人証略>)並びに弁論の全趣旨によれば、(一) いわゆる頸肩腕症候群とは、種々の機序により、後頭部、頸部、肩甲帯、上腕、前腕、手及び指のいずれかあるいは全体にわたり、こり、痛み、痺れなどの不快感を覚え、他覚的には、当該部諸筋の病的な圧痛及び緊張もしくは硬結を認め、時には神経血管系を介して頭部、頸部、背部、上肢における異常感、脱力、血行不全などの症状を伴うことのある症候群の総称であること、(二) これらは、退行変性などによる頸椎の変形、頸椎周辺部の神経や欠陥(ママ)の圧迫などの器質的な疾患に原因が求められる場合が少なくないが、明らかな局所的病変の存在の断定が困難な場合もあること、以上の事実を認めることができ、これに照らせば、原告の前示本件症状は、一般的に右のような頸肩腕症候群であるといえる。
2 ところで、証人鴨川盛秀は、原告の症状は変形性頸椎症が再燃したものであるとの見解を供述し、(証拠略)(同人作成名義の意見書)にも同様の記載がある。鴨川医師はその見解の根拠として、(一) 原告には前記一2のとおりの頸椎間の狭小化のレントゲン所見があるが、平成二年三月のスパーリングテストにおいて、左についてはプラスマイナスの反応があり(頸部又は肩甲部の上部くらいまでの痛みが認められるものと考えられるとする。)、頸の伸展時の制限が認められ、原告の訴える症状とレントゲン所見とが一致し、誘発試験がプラスマイナスであった点のほか、(二) 原告には、昭和五六年ころから痛みを訴え、被告病院の診察を受けたことがあるが、昭和六一年から平成二年までの被告病院のカルテに記載された種々の診断名は、同じ意味に使われていることも多い点からみて、結局、原告は以前から変形性頸椎症であり、本件症状は、その再燃であるとしている。そして、右の供述ないし意見書記載について、これを否定すべき的確な資料のない本件においては、原告の本件症状が変形性頸椎症によるものであるとの疑いはこれを否定することができない(後記4参照。なお、原告には、レントゲン所見においても骨棘の形成がみられないが、骨棘の形成がなければ変形性頸椎症ではないということはできない。)。
3 そこで、原告の前示業務内容及び業務量等が、原告の本件症状を引き起こす程度のものであったかどうかについて判断する。
(一) 退院カルテ回収の作業内容は、同一作業を反復して行うものでも、同一肢位を強制されるものでもなく、カルテ回収の頻度に照らせば、右作業が過重なものであったとは窺えない。
(二) カルテ製本作業は、上肢に反復して力のかかるもの、バインダーの開閉作業は、指に反復して力のかかるものであり、カルテの移動作業は、上肢をある程度同一の状態に保つ必要がある。
しかしながら、カルテ製本作業において、大型ホチキスを用いなければならなかったカルテは、平成元年では最大四三八〇冊であり、一日の製本数は平均十七、八冊で、そのうち複数回の打刻を要すると考えられるものは一冊程度である。
また、バインダーの開閉作業については、回収したカルテと新たなカルテの準備に伴うものであるところ、回収カルテの数は右と同様である上、カルテ準備の内容は全二三科についてバインダーにセットする程度のものであった。
カルテの移動作業については、カルテの貸出件数は、年間約一四〇四件(一日あたり五、六件)にすぎず、ファイリングに伴う移動も、平成元年八月からは横積みにするだけでほとんど行われておらず、三か月分を一年間かけて収納する程度のものであり、カルテの大移動は、二、三か月に一度しか行われていなかった。
以上の作業は、前記第三の二1で認定のとおり、二名から四名で行っていたことを加味して考えると、個々の作業がそれほど過重であったということができないことは、多言を要しない。
(三) ところで、原告は、病歴室全体の作業量が、年間退院患者数に比して病歴室の人員配置が少なすぎたため、過重となっていた旨主張する。
そこで検討すると、証拠(<証拠略>)によれば、カルテの保管業務のみを行う場合、保管業務に加え管理業務も行う場合のそれぞれについて必要人員の基準が提唱されていることが窺えるが、この基準も現実の担当業務の範囲及び業務量によって具体的に検討されるべきものとされており、これを絶対的な基準とすることはできない。しかも、本件においては、原告の業務内容に管理業務とされる記録の量的点検作業が含まれているかどうかについては証拠上明らかではない(むしろ、原告本人尋問の結果によれば、原告が配属されてしばらくしてからは、未回収カルテの督促、カルテの疾病コードの点検さえほとんど行われていなかったことが窺える。)。そして、右業務の有無、程度が病歴室の適正配置人員を左右する要因であることが右(証拠略)の記載自体から明らかであるから、結局、これらが明らかでない本件においては、原告の右所論を採用することはできない。
4 (証人芹沢憲一)は、原告の本件症状を、業務に起因する頸、肩、腕の痛み、痺れ等を中心とする疾病という意味で頸肩腕症候群の中の「頸腕症候群」と診断すべきであるとし、その根拠として、頸肩腕症候群の一般的発症根拠は物理的負荷と精神的ストレスであり、業務との因果関係を考察する場合、(一) 発症時期と業務従事期間の相互関係、(二) 業務への従事の有無と症状の軽重との相互関係、(三) 同様の業務に従事している者の発症傾向の有無の三点を主要な判断要素と考えるところ、本件では、これらが認められる旨供述し、(証拠略)(同人作成名義の陳述書及び「意見書の提出について」と題する書面)にも同様の記載がある。
しかしながら、芹沢証人の指摘する(二)の点については、前記認定のとおり、原告は上肢に負担となると考えられるカルテ製本作業について平成二年六月一九日以降従事しておらず、カルテ大移動についても少なくとも平成三年二月の大移動及びそれ以降のものについては行っていないにもかかわらず、同年三月に原告の症状は特に悪化し、その後の回復も緩慢であり、平成七年二月に病歴室から離れたにもかかわらず平成八年二月の時点でも症状は続いているとの原告本人の供述は、芹沢証人の根拠とするところに疑念をさしはさむものということができる。もっとも、原告は、この間の事情として精神的なストレスによるものであるとの芹沢証人の供述等を挙げるが、現に病歴室を離れてから一年ほど経っても症状が軽快していないことの合理的な説明はなく、にわかに採用することはできない。また、芹沢証人の指摘する(三)の点については、これを裏付ける的確な資料はない。その他、芹沢証人は、原告の疾患の疑いについて種々指摘をしているが、その根拠は十分なものではないから、採用することができない。
5 以上に説示したとおり、原告の病歴室における業務内容及び業務量は、個別作業においても、作業全体をみても、過重であったということはできないこと、原告の本件症状が、変形性頸椎症によるものであるとの疑いが否定できないこと、原告の本件症状は、その発症においては原告の業務従事期間と相関関係が認められるものの、負担と考えられる業務に従事しなくなった以降も原告の症状は一進一退で軽快することはなく、さらに病歴室から移(ママ)動しても回復が緩慢である等業務への従事の有無及び業務量と原告の症状との間に相関関係が認められないこと等を総合して判断すると、原告の本件症状について、原告が従事していた業務が有力な原因であるとまではいえず、原告の本件症状と業務との間に相当因果関係があるとすることができない。原告に対しては、労働者災害補償保険法に基づく給付決定がなされているが(第二の二4)、これによって前示判断が覆されるものではない。
そうすると、その余の点を判断するまでもなく、被告には原告の本件症状による損害を賠償すべき責任はない。
第四結論
以上によれば、原告の請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 園部秀穗 裁判官 馬場純夫 裁判官 田原美奈子)